東京地方裁判所 昭和24年(行)52号 判決
原告 中富誠
被告 国
右代表者 法務総裁
一、主 文
原告の請求は、これを却下する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、請求の趣旨
原告訴訟代理人は、「原告が歯科医師の免許を得る資格を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
三、事 実
一、原告は、別紙記載の通りの経歴をもつものであるが、昭和十二年(満洲国康徳四年)九月当時は、満洲国内で、歯科医業に從事していた。よつて、同年の満洲国勅令第五十七号歯科医師法の施行に伴い、同法附則第二項の「本法施行ノ際官ノ認許ヲ受ケ、現ニ歯科医業を爲ス者ハ、本法ニ依リ歯科医師ノ認許ヲ受ケタル者ト看做ス」との規定に則り、同法による同国歯科医師の認許を受けたものとみなされるに至り、これに基いて、同年十月同国歯科医師として移管登録整理を受けたものである。
二、從つて、原告は昭和二十一年勅令第四十二号国民医療法施行令特例第一條の定めるところにより、歯科医師試驗審議会の委員のせん衡を経て、歯科医師の免許を與えられる資格を有する。しかるに、原告は、昭和二十四年しばしば当時右せん衡事務を取扱つていた厚生省医務局に赴いて、同省係官に対し、そのせん衡手続について意見を求めたところ、何等の理由もないのに、原告の右せん衡を受ける資格を否認した。
三、よつて原告は、歯科医師の免許を得る資格を有するものであることの確認を求めるため、本訴請求に及んだものである。
被告の主張事実中、満洲国において、歯科医師法の制定に伴い、同国歯科医師として移管登録された者の氏名は、当時政府公報に登載公告されたのであるが、それに原告の氏名が脱落していたことは、これを爭わない、その余の主張事実は、これを爭う(なお、本件口頭弁論終結当時においては、原告は、被告の主張するような書面による申請をしていなかつたことを爭わない。もつとも原告は、その後に昭和二十五年五月十一日付の厚生大臣あての書面で、歯科医師免許下付申請書を提出したもののようである。
しかしこの点は、後出理由の示すとおり、本訴の判断に影響はないと認めたから、あえてこの点に関し、弁論を再開しない)。満洲国歯科医師法付則第二項にいう「官ノ認許」とは、日本領事館のそれを含むものである。よつて、この点に関し、原告はその履歴に基いて、「昭和九年十月より同十二年十一月まで満洲国公医として歯科医師を開業し、昭和十二年十一月三十日満洲国歯科医師として移管登録せることを証明する。」旨の外務省管理局長名の証明書を得て、厚生省当局に対し願書を提出しようとしたが、その当局者は暗にその証明書の無効を主張して、申請があれば、却下することを宣明したのである。被告は、本訴をもつて何らの利益がないとするが、もしこれが許されれば、被告は、せん衡内規の定めるところに從い、原告に歯科医師の免許を與えるべきであり、主観的に、自由裁量の名のもとに、原告の申請を否定できないものである。
(立証省略)
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、つぎの通り述べた。
「原告の主張事実中、第一の事実は知らない。
第二の事実中、原告が、当時医務局係官に対して履歴書、証明書等を示して免許を與えられたい旨再三口頭の申出のあつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
なお被告は、つぎのように主張する。
一、民事訴訟において、確認の対象となるのは、権利または法律関係である。原告が本訴で確認を求めているのは、「歯科医師の免許を得る資格を有すること。」であるが、それは確認訴訟の対象とはならない。なぜなら、資格はどこまでも資格であつて、権利でもなく、また法律関係でもないからである。從つて、原告の本訴請求は失当である。
二、もし仮りに、原告が本件資格を有することが裁判上確定されたとしても、それによつて、原告は、直ちに歯科医師の免許を受けることができるわけのものでなく、その資格を得るためには、更に歯科医師試驗審議会の委員のせん衡を受けなければならない。しかるに右のせん衡は、全く自由裁量の行爲であつて、法的に何らの枠も定められているわけでなく、裁判所が本件原告の請求を認めても、前示審議会委員を拘束するものではない。從つて原告の本訴請求は、その確認によつて、何の法律上の利益もないのである。
原告としては、先づ正式に審議会の委員のせん衡を申請し、この申請が不当に却下されたとき、あるいはその行政処分に対して行政訴訟を提起することができるかも知れないが、單なる資格の確認は、確認の利益なきものとして、許されないものである。
三、なお、原告から厚生省医務局に対する口頭申出に際し示された書面によつて、原告が満洲国歯科医師法施行前に満洲国において日本領事館の許可を得て、歯科医業に從事していたことは、これを認めることができた。しかし、満洲国歯科医師法附則第二項にいう「官の認許」とは、満洲国政府の認許をいい、日本領事館のそれを含まないものと思料されるから、上述の原告の場合は、みぎ附則第二項の場合に該当しない。そうして、原告提出の履歴書には、「満洲国歯科医師移管登録整理を受く。」とあるが、若しそのとおりの事実ががあつたとすれば、満洲国政府公報に同国歯科医師として正式に移管登録整理を受けた者として登載公告されている筈であるのに、厚生省医務局で調査した範囲では、原告の氏名を発見できないので、原告が国民医療法施行令特例第一條にいう「満洲国の歯科医師免許を受けたる日本国民」に該当する事実を確認するに至らなかつたのである。
四、追つて、国民医療法施行令特例第一條の規定によつて歯科医師の免許を受けようとする者は、昭和二十一年厚生省令第六号(改正、昭和二十二年同省令第八号及び昭和二十三年同省令第三十九号)の定めるところにより、住所地の都道府縣知事を経由して厚生大臣に対し証明書を添えた申請書を提出しなければならないが、原告からは適式の申請書は提出されていない。從つて、原告の前述申出によつては、銓衡委員会の銓衡手続がとられたことなく、また申請を却下するという行政機関の行爲はなされていない。」
(立証省略)
四、理 由
先ず、原告の本訴請求の適否について判断する。原告は、かつて満洲国において、歯科医師の免許を受けていたものであるとして、国民医療法施行令特例第一條の規定により、歯科医師試驗審議会の委員のせん衡を経て、歯科医師免許を受ける資格を有することの確認を求める、と主張する。よつて、みぎ特例第一條の立法及びその存続の趣旨(みぎ特例は、歯科医師法施行後も、その附則第三十三條第三項によつて、なお五年間その効力を存続する。)を考えるに、それは、終戰前外地または満洲国において、歯科医師等の免許を受けた者に対し、特に歯科医師法第二條(旧国民医療法施行令第二條第一項も同旨)に定める試驗によらないで、厚生大臣が歯科医師試驗審議会の委員のせん衡を経て、歯科医師等の免許を與える道をひらくことを定めたものである。そうして、同特例の施行に関する厚生省令(昭和二十一年第六号、昭和二十二年第八号、昭和二十三年第三十九号)によれば、みぎ特例の定めるところにより歯科医師免許を受けようとする者は、みぎ省令の定める方式により、厚生大臣に申請書を提出しなければならない。すなわち、いわゆる外地等引揚者で、試驗によらないでする歯科医師等の免許を受けるについては、前示特例第一條所定の資格を備えること(実質的要件)、免許を申請すること(形式的要件の一)、並びに、審議会の委員のせん衡を通過すること(形式的要件の二)を要する。これによつてみるにこの審議会のせん衡を経ることとした趣旨は、かような実質的要件を具えた者の申請に対して厚生大臣が免許を與えようとする場合に、簡易な專門技術的立場からのせん衡を加えることによつて、歯科医師等の水準の向上を期待しようとするものであり、一面行政官廳の恣意を抑制する目的に出たものと思われるが、それは本來厚生大臣の監督に属する諮問機関であるに過ぎない(歯科医師法第二十四條)。審議会によるせん衡を通過した者に対しては、特段の事情のない限り、厚生大臣は免許を與えることが望ましいが、他面厚生大臣は、前示実質的要件を備えた者の申請に対し、公衆衞生の向上及び増進に寄與し、もつて国民の健康な生活を確保しようとする医事行政上の政策から取捨選択をすることができるのであつて、同大臣が医事行政の責任者である以上は、必ずしも申請の全部につき審議会のせん衡を諮問し、且つこれに免許を與えなければならぬ趣旨ではないと解すべきである。このことは、前示特例第一條の立言により明かであるばかりでなく、歯科医師法及び旧国民医療法が医師の資格を嚴に法定した趣旨、並びに、旧国民医療法及び歯科医師法がその例外の場合(しかも、限時的に)として、專門学識経驗者(歯科医師試驗審議会委員令は、歯学に関する大学の歯科医師である教職者、または歯科医師であつて学識経驗のある者について委員を命じ、または委嘱する旨を定める。)によるせん衡制度を設けた趣旨に徴して是認すべきである。してみれば、前示特例第一條のせん衡による歯科医師等の免許は、厚生大臣の裁量に基く行政行爲である。すなわち、前掲の実質的要件を備えた者が免許を申請することによつて、直ちに免許を受ける権利を得るものといえないことはもちろん、免許を受けることのできる法律関係を生じたものとすることができないのであつて、ただ將來において免許を受けることのできる蓋然性があるに過ぎない。これを法律関係と称することのできるのは、免許を與えるべきであるとの裁量による行政権の内議が成立し、よつて銓衡委員会の審議を通過したとき、將來免許を受ける期待権の生じたとき以後においてである。(かりに、以上の所見とやや趣を異にし、歯科医師試驗審議会のせん衡手続は、前示特例による申請のあつた場合、必ずこれを経ることが法の期待するところであるとし、せん衡に入るに先だつて厚生大臣の取捨を試みる余地が認められないとしても、審議会の意見の如何にかかわらず、みぎ特例による免許を與えるか否かは、医事行政の責任が厚生大臣に帰する限り、同大臣の裁量を許すものといわねばならない。しかる限り、原告がその主張のような資格を有することを確認したにせよ、これによつて免許を受けられることが必至であることにはならないから、その主張するところは、結局いわゆる権利保護の利益を欠くこととならざるをえない。)もとより、当裁判所が與える上記の判断は、原告が歯科医師の免許を受けるに値するか否かに関するものではないが、原告は、厚生大臣が原告に対し免許を與えない処分をするやを案じ、訴旨の名は、免許を受ける資格を有することの確認であるが、実質において免許を與えよと請求するに等しい。若し厚生大臣が、法令または経驗則の命ずるところに万一違反して、原告の申請を却下した場合において、その処分を違法として、裁判所の救済を求める道は別にひらかれている。要するに、原告の本訴請求は、前示特例第一條にいう実質的要件を原告が具備しているか否かについての本案の爭点の判断を試みるまでもなく、行政廳のいわゆる技術的裁量に属する事項に関するものであつて、上記本文に説くとおり、行政訴訟の目的とすることができないものと解すべきである。よつて、これを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中西彦二郎 西岡悌次 山本進一)
(履歴の一部省略)